ちょっとスピリチュアル…かもしれない

メインブログの中から、スピリチュアル色のある記事を抜き出しました。なにかの専門家ではありません。日常の中で感じることを淡々と綴っています。数秘術やオラクルカードにはちょっと興味があります。

 

たまたま辿り着いてくださった方に感謝を込めて…

 

このブログは実はどこからもリンクしていないんです。
私個人が本当にメモ的に書きたいと思ったことを書いて、書くだけで気が
済んでいるのですが、いつのまにか読みに来てくださる方が徐々に増えている?
…ということになってきました。みなさま、いつもどうもありがとうございます。

 

たまーに忘れたようにしか更新しないと思いますが、
気が向いたときに覗きにいらしてくださったら嬉しいです(^_^;)

 

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我が家には神様がいらしたような気がする

 

本館ブログに思いきりスピリチュアルっぽい話を書いてしまいました。

とてもマイナーなお話ですが、よろしければ読んでやってください (^_^;)

 

haruusagi-kyo.hateblo.jp

 

 

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暗くない死についての話

 

 

メインブログからの再掲です。

 


私の誕生日は旧盆の8月16日です。祖母の話だと「大文字が消えてやっと生まれてきた」そうで。お盆に戻ってきた祖霊があの世に帰るのと逆行して「頑張れよ」と言われつつ「えー、やだなあ」と思いながら生まれて来たイメージが幼児期からずっとあります。

 

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実際、首に臍の緒が二重に巻いていて、すぐには泣かなかったみたいです。ああ、生まれてしまった、という感じかも (^_^;)

 

で、幼児期に何度も死にそうになっていたので「あの世とこの世は結構近い」という感覚が定着しました。だからこそ生と死は常にワンセットだと思っています。物質的な執着の薄さもそのへんから来てそう。

 

日本的な祖霊信仰じゃなくても宗教を越えた所にある感覚。生まれつき、気が付いたら知ってた感じです。

 

で、そういうのって両親も近いものがあったんですよね。死の話が日常会話な家庭。それもネガティブな暗い話題じゃないんだよね。死はタブーではない。普通に生活とか人生の一部という認識。…変わった家族だと思います。(ホントは当たり前だと思ってるけど)

 

終活などよりもずっと早い、我々が子供のころから、それはしばしば話題になりました。祖父の死は私が小学3年生の時でしたし。そのあたりから、日常の一部になった感じかも。

 

その延長で、いまでも肉体を持って生きるのにひどく疲れると死にたくなるんだな。

 

その反面で今生でやるべきことを全うしないとスムーズに移行出来ないこともわかってて。そういうことも基本的に子供の頃から知ってた気がします。変な子供だったよね(^_^;) 今でも変だけど。

 

普通の人が下手すると死の直前までそれについて考えられないのがすごく不思議。霊柩車だの葬儀場だのが死を連想させて嫌だというのも…。よくわからない。死なない人はいないのに。

 

たまたま健康的で美しく才能を持って生まれたとして、逆に生来の病や障害を持って生まれたのも紙一重な気がします。今生での修行のテーマが違うだけで。

 

だから健康ではないハンデがある人をわが事のように思っても当たり前だと思う。いつかは自分自身のテーマになるかもしれないし。だからそういう差別もわからない。そういう差別は愚かな事だと思います。

 

 

私は「身体がない世界」をいつも想定している気はします。するとおのずと平等や自由が見えてくる。

 

肉体がない世界では性別がないので、ジェンダーに関することもやっぱり肉体があるゆえの課題だろうな、と思います。これだけ身体と心の不一致に悩む人が多いんだし。多様性を認めない世界は不自由で仕方がないです (ーー;)

 

なんというか、身体がない想定をすると色んな不自由が消えていくので、わざわざ不自由な身体を持っているのってやっぱり課題だとしか思えませんね…(-_-;)

 

眠ると一時的に身体が存在する認識がなくなったりするので、やはり死の疑似体験のように思えます。母などもいろいろわかってたから、一人であっさりさっさと逝っちゃった感がありますし。あとせめて30分待ってて欲しかったとは思いますが、そういう執着もなかったみたい。

 

両親とも、亡くなる1年くらい前に斜め上あたり、天井に近いところを見つめて「怖い…」とつぶやいたことがありました。なにが見えていたのか、父は「兄ちゃん」と言ってましたので、若くして戦死した伯父のことだと思います。もう生きている人ではないことがわかっていたから怖いと感じたのかな?

 

入院時の譫妄とは明らかに違いました。譫妄の時は興奮状態のようでしたが、その時は静かでした。二人とも静かになにかを見て「こわい…」とぽつんと。

 

私は二人の側にいたけど、なにも見えないので、誰かお迎えに来ているのかな?と思いました。死の直前ではないことがちょっと意外でしたが。でもお迎えに来てくれるんだ、と思ったのは妙に安堵感がありました。だって道に迷わなくてすむしね (^_^;)

 

http://www.gujo-tv.ne.jp/~tyouzenji/mitoriomukae.htm

 

父も怖がっていたわりには最期まで私がそばについていたら安心出来たみたいだし、わりとさっぱり逝っちゃったなあ、とはやはり思います。二人とも安心した顔してたのよね。とても穏やかでいい顔でした (^_^)

 

本当に大切なことがみえて来る反面、この世への執着が薄れて行くところもあるけど(^_^;) もうちょっと創作に関しては執着していたいなあ…(^_^;)

 

自分が死ぬ時はだれが迎えに来てくれるのか、それはとても楽しみです (^_^)

 

 

 

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死を語ることはすなわち生を語ることである。

よき死を迎えるのはよき生を全うしたからである。

 

 

 

 

 

お線香の香りが意味するもの

 

メインブログに書いた記事が相当にスピリチュアルな

気がしたので、リンクを張らせていただきますね。

 

本当にあちらとこちらの距離が近くなっています(^_^;)

 

 

haruusagi-kyo.hateblo.jp

 

 

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夢で会えたらとても幸せ(^_^)

 

夢が戻ってきたおかげで何年ぶりかで父に会えて幸せ(^^) 

 

内容はどうも「自然災害に気をつけろ」的なものだった。

私は転居についても災害絡みを危惧していて、老朽家屋よりも市営住宅

ほうが安全だという意味かもしれないと思った。

何もかもがスムーズに運ぶ理由とか。

 

いや、私はこの家と一蓮托生でもいい覚悟はしてるんだけど、

転居するとまた変わってくる。「さらに生きろ」という象意が強くなる。

自分の寿命が何処まであるかはしれ無いけど。

自死を選ばないのもそういう意味を感じて面白がっているところがあるからかな。

 

ここまで来たら人生の納得解を確認したいな。

まあおそらく「私が私らしくあること」が最大だと思うけど。

地位や名誉やお金にこだわらなければ「自分である」以上に幸せなことって

ないと思うんですが、それ以外に何かありますか??

 

うちの家族って父は父であり、母は母であり、私は私であることを尊重しながら

お互いを応援してきたような気もするけど…。

協力はしたけど依存とは微妙に違う。

いまいち自信がなかった私を介護を通して自立させてくれたり、

パニックから動けるようにしてくれたり。

 

そういう試練もきっと愛情。

無事に天寿をまっとうすればあちらで再会出来るのだろう。

それもまた楽しみです(^^)

 

 

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身につけないことでアンテナは逆に高感度になるみたい

 

スーパームーンの嘆き。

 

 

 

 

脳に影響を受けやすい人はアンテナの感度が鋭いのかも。

いまの世の中、どっちかというと感度が鈍い方が

生きやすくて楽だと思いますし…(ーー;)

 

 

 

私は生まれつき見えないものに対するアンテナが過敏です。

気圧とか気候とか大気とか人の感情とか。

意識しなくても身体が勝手に反応して体調不良になったりするんですが、

あえて意識すると結構故人の思いみたいなものもわかるみたい。

これ、本当は誰でもが感じてると思うんだけど。

 

五感の続きに第六感があると思うので、直感はまず外れないですね。

そういう直感を大切にすることも大事だと思っています。

 

 

 

意識しないと難しいことも多いですが、亡き人を思い出して寂しくなったら、

少しだけ時間を作って心で会話してあげてください。

家族なら、その人が生前にどういうことを話していたかわかるでしょうし、

会話も想像しやすいと思います。

そういうのがグリーフケアでもあるし、最高の供養でもあります。

 

そして心が繋がると本当に助けてもらったり見守ってもらったりしているのも

わかるんですよね。

 

宗教でもなんでもありません。誰でもできることだと思います。

誰でもできるっていうのが大切かと。特別な能力とか必要ないです。

 

やがてそのうちに、いつまでも故人に心配かけたら悪いな、と思うようになります。

そういうふうに悲しみから立ち直っていけるのだと思います。

 

お母様を亡くされた方がちょっと悲しんでおられたので、そのことを書いて見ました。

 

 

 

 

心の力を鍛えたいですね。

 

例えば、

空想やファンタジーの力は侮れません。

私など子供から大人になって、この年齢に至るまで、幾度そういう

フィクションの力に支えられて生き延びてきたかわからないくらい。

 

「好き」を力に変えよう。私、オタクって実はとても幸せだと思います。

今で言う「推し」のパワーはすごく大事だ(^^)

 

「想い」ほど強いものはないかもね、と思います。

 

すごく昔、うーん、二十数年前かな?

私も綺麗な石が好きで持っていたことがありました。

でも、今はそういうものを必要としないというか、好みの石を1、2個

机の上に転がしておくくらいで、身につけることも一切なくなりました。

 

そもそもクロスドミナンスだからブレスレットはどちらの手につけても邪魔だし。

身につけてるとイライラしてくるし。私には必要ないんだな、と思いました。

ものの力を借りずともなんとかするパワーは私の中と後ろの誰かにあるみたい。

 

なんかスピリチュアルというとパワーストーンみたいにセットにされるけど、

別にそういうのが必要じゃないかもしれないと思っています。

神社(伏見稲荷)のお守りはバッグとかに入っていますが。

 

余計なものを身につけないことで逆に身体的アンテナが働いている気がします。

見えないものを敏感に感じられるし、両親が天界に行ってからは顕著ですね。

 

 

そういえば以前、某霊能者の方に霊視していただいたことがあったんですが、

本来は霊的処置が必要だったらしいのですが、正直に「申し訳ありませんが

お金がないので、今は無理です。また将来的にその費用が出来た時に

よろしくお願いいたします」と辞退して、その霊能者さんに

「運命は自分の力で切り開くものです。頑張ってくださいね」と応援されました。

あの時はありがとうございます。うん。頑張っていますよ(^_^)

 

 

 

 

 

 

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私の人生の伴侶は人間ではない

 

私の「人生の伴侶」は人ではありません。

それは「絵」です。特別な才能はありません。

ただ、生まれてから今までずっとかけがえのないものとして私のそばにありました。

 

幼稚園に入った時、他の女の子たちが「お嫁さん」などの絵を描いているのを

見て、自分には結婚願望が全くないことに気づきました。

幼稚園児を侮ってはいけません。同じ年の子の中に紛れると自分の特異性が

際立ちます。なぜかわからないけど、私はみんなと違う、と悟ったのは

幼稚園に入った時でした。

 

 

 

母の特養を決める時「毎日歩いて通える特養」と「病院グループだから病院

との連携がいい特養」と私は後者を選びました。タクシーでないと通えないので、

面会は週に一度になったけど、とてもマメなご家族と言われました。

だからせめて部屋の壁を飾りました。喜んでくれるように。

美しくなるように、私の代わりに。

 

私の絵をたくさん飾ったので、母は喜んでくれたと思います。

 

その人の人生の総括は最晩年に出てくると思っています。

認知症だって、それ以前のその人の性格が症状を作る気がします。

 

 

自分の老後には何も望みません。誰も来なくても構いません。

ただ一日でも長く自分のことができたらそれでいい。

 

絵が描けなくなったらどのみち生きている甲斐がありませんしね。

私の望みは多分それだけ。そんな時まで絵は私の伴侶であり続けるでしょう。

 

お金には変えたくない。

それでも人生の選択にはもっとも大切なものとして選んできました。

だから今までずっと私のそばにあります。

この愛情のようなものがどこからくるのか自分でもよくわかりません。
でもきっとこれゆえに私はお金に執着がありません。まるでない。

 

その大切な「絵」を私の一部と認識し、私と共に大切にしてくれた家族に

感謝しています。

 

人生の伴侶が人じゃなくても全然寂しいとも思ったことがないんですよ。

困ったな(^_^;)

 

 

 

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