ちょっとスピリチュアル…かもしれない

メインブログの中から、スピリチュアル色のある記事を抜き出しました。なにかの専門家ではありません。日常の中で感じることを淡々と綴っています。数秘術やオラクルカードにはちょっと興味があります。

たまたま辿り着いてくださった方に感謝を込めて…

 

このブログは実はどこからもリンクしていないんです。
私個人が本当にメモ的に書きたいと思ったことを書いて、書くだけで気が
済んでいるのですが、いつのまにか読みに来てくださる方が徐々に増えている?
…ということになってきました。みなさま、いつもどうもありがとうございます。

 

たまーに忘れたようにしか更新しないと思いますが、
気が向いたときに覗きにいらしてくださったら嬉しいです(^_^;)

 

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明るいお葬式 (^_^)

 

メインサイトからの転載です。

そろそろ喪中はがきの印刷をしないと、と思いつつなかなか進みません。

原稿はすでに出来ているのに…。

 

 

 

母の葬儀は無宗教で音楽葬みたいに、母の好きなジャニーズの曲で送りました。
特養の個室でも聴いていた少年隊とSMAP

 

おかげで私は今でも「オレンジ」を聴くと条件反射みたいに

泣けてくるという後遺症が残りました。

 

 

 


SMAP〖オレンジ〗

 

 

お経だったら泣けないと思う。これは結構幸せかもしれません(^_^;)

 

生前に深くお経に馴染んでいる人なら別ですが、死んだらいきなりお経の真髄が
理解できるようになるかというと、とても無理な気がするし。

 

あ、でもお経をあげることで「あなたは死んだんですよ」と告げることは可能かも。
これは幽霊にも通用しそうですね。自覚を促す意味で。

 

 

 


宗教にこだわらない場合、音楽葬は結構オススメです。

故人の好きだった音楽と共に生涯記憶に残るし。

 

父の時は参列者が多くて、臨時でお坊さんにお願いしましたが、

本当は音楽葬やりたかった。
エルヴィス・プレスリーフランク・シナトラの流れる葬儀を。

 

まあ、お坊さんが来られたので、それなりにお経で送りましたが。
でも戒名は私がお坊さんと一緒につけたので、父への最後のプレゼントみたいでした。

 

私はそういう風に最後のイベントを自分なりに演出して送るのが

好きなのかもしれません。

 

…っていうか、お仕着せの形が好きじゃないのですね。

要点さえ押さえていればアレンジは可能だと思うし、家族葬の規模だと

オリジナリティのあるお葬式がやりやすいです。

 


そもそも音楽葬を初めて体験したのは30数年くらい前のかかりつけだった

先生の葬儀に母が参列した時だと思います。母が家族を代表して参列しました。

 

その先生がお好きだったらしく、葬儀のあいだ中、琉球民謡が流れていたとかで、
帰宅した母「あれええな。私の時もあれやって!」とリクエストしたのでした。

 

うん、だから叶えたよ(^_^;) あれでよかったかな?

 

 

 

私自身の時は好みのバラエティがあるから前もって葬儀用の音楽集を

まとめておかないとダメだなあ、と思っています(^_^;)

 

家族葬規模だと4、5曲も準備すればいいんですよね。

 

お葬式は別れの儀式でもあり、故人の旅立ちの見送りでもあり、
人生完了の「お疲れさまでした」の慰労でもあると思うので、

いろんな形があってもいい気がします。

 

 

個人的に落ち込んでいても「楽しいお葬式」を空想していると

なぜか気分も上がってくるから不思議だと思います(^_^;) 

 

 

私が死んでもあんまり泣いてくれなくていいと思う。
笑って送ってもらえたらきっと本望(^_^)

 

 

 

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死ぬのにもタイミングがある

 

私は運命論者ではないんですが、人の生死には天命みたいなものとの関わりがあって、

どんな病気でも事故でも事件でも自殺でも、その人がこの世でやるべきことが

残っていれば、生き延びるような気がしています。

 

誰にも発見されずにひっそり亡くなられるケースだってありますが、

誰かに発見されて、適切な医療を受けられたというのも自分で左右しがたい

意思のようにも思えますし…。

 

自殺をはかった人が飛び降りた結果、生命が助かったけど首から下は麻痺の

ままだとか、それでもその身体でやるべきことがあるのかなあ、と思えますし…。

 

この世でのやるべきことをちゃんと果たしたら、安らかな死を迎えることが

出来るのかなあ?と両親を看取ってなんとなく思いました。

 

ある程度は自分で死期を決めて来ているのかもしれませんが、

そこに至るまでは自殺しても上手くいかないこともあるんだろうなあ、と。

 

無理やりに長生きさせるためだけの過度な医療は必要ないと思いますし、

かと言って安楽死もちがうと思います。

死ぬのにも自然で適切なタイミングがありそうですね (^_^;)

 

あ、いま思い出しました。

母も「その時がきたら『助けて』って言うてもあかんしな」と
言ってました。…だからあっさり逝っちゃったのかあ (^_^;)

思い切りがいい死に方だと思います。

 

 

 

 

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「うらめしや」の世界観が好きです

 

魔木子さんは同人誌の時代から知っている漫画家さんです。

かれこれ30年くらい前からかも… (^_^;)

同人誌時代には主にBL作品を描かれていましたが、レディコミでデビュー。

これはとても長く続いているホラーというか(怖くないです)

時代物というか。

 

生まれつき霊能力が高かったお妖さんは、両親に疎まれて売られ、

天狗にさらわれたり、修業をしたりして自分の能力を高めつつ

コントロールすることを覚えます。

そして悪霊や妖魔などに悩まされる江戸の人たちを救う「うらめしや」

稼業をしています。

 

能力と生い立ちが原因で、普通の人には疎まれたり怖れられたり。

ふとしたことで生命を助けた佐治という青年と懇意になり、

のちに夫婦になることになります。

 

これね、読み始めたら面白くてやめられません (^_^;)

私も最初は無料の電子ブックで読んだんですが、気に入ったから

全巻買ってしまいました、Kindle本で (^_^;)

 

世界観とかすごく自分と共通するものがあります。

そうそう、そうなのよ、とお妖さんがわかりやすく説明していてくれる感じ。

 

ユニークなキャラもどんどん加わりますが、なんといっても佐治が

いい男 (^_^) 外見もですが性格もいいなあ。かわいい。

壊滅的に家事が苦手なお妖さんのかわりに家事万能。

それでいて、やるべきときにはちゃんとやる。子煩悩でもあります。

 

読み始めると止まらなくなるお薦めの作品です。

気に入ったから紙書籍で再版して欲しいなあ。

 

 試し読み

うらめしや / 1巻

 

 

 

 

こちらの続編は大正時代、お妖さんのひ孫にあたるかごめが活躍します。

こちらも面白いのでお薦めです (^_^) こちらは紙書籍もあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どちらも未完ですが、関連があるので完結したときにどうなるか

とても楽しみです (^_^)

 

たまにはこういうジャンルの好きなもののお話を (^_^)

ちなみに私は「夏目友人帳」も好きですo(^-^)o

 

 

 

 

 

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魔境なんだろうか?とも思ったこと

 

一昨年あたりからなんですが、たまたま興味を持って手にした本の内容がことごとくデジャヴを感じる、と言う状況になっております。

 

確かに初めて読む本なのに、その内容はすでに知っていた、と言うケースですね。いつ?どうして自分がそれを知っていたのかわからないのですが、確かに知っていることが多かったのは事実です。

 

これはもしかしたら禅で言うところの「魔境」ではないかと思いました。

 

Wikiには

 

 

魔境(まきょう)とは、禅の修行者が中途半端に能力を覚醒した際に陥りやすい状態で、意識の拡張により自我が肥大し精神バランスを崩した状態のことを指す。ユング心理学で「魂のインフレーション」と名づけられた状態だという指摘もある。


臨済は、「瞑想により仏陀如来が現れたときは(瞑想内のイメージの)槍で突き刺せ」「仏見たなら仏を殺せ」と教えている。これは、瞑想中に神格を持つものとの一体感を持った結果「自分はすごい人間だ」と思い込んでしまい、エゴが肥大してしまうのを防ぐ、すなわち魔境に入ってしまう状態を防ぐための教えだとされている。

 

実際に光のようなものが現れても、それは単なる脳内の視覚野の発火現象であるという意見もある。

 

 

要するに思い上がってはいけない、と言う警告のようなものです。なので私もたとえ既視感があっても、一層舞い上がったりしないで冷静になろうと思いました。

 

もともと私は瞑想するのが怖いタイプの人間です。双極性障害もありますが、特にこちらから情報を求めなくても、絵を描いている最中は瞑想に近い脳の状態になっていると感じることもあります。

 

自分自身を幾らかの距離を置いて見つめる「内観」はよくやります。こちらの方が私には合っているようです。

 

まあ、どの本に書いてある内容でも鵜呑みにはしませんが。一旦フィクションとして受け止めて置いておくやり方もあります。そうすると何ヶ月後、長ければ何年後に「直感」として腑に落ちることも多々あります。

 

「腑に落ちる」深い理解ですね。そう言うこともあるので、無意識界の中にあらゆる情報が漂っていて、必要な時が来るとまとまって落ちて来るのかしらね?と感じています。無意識界のライブラリってありそうだなあ、と思います(^_^;)

 

 

gigazine.net

 

 

その必要に応じて落ちている状態が既視感みたいなものなのかもしれませんね。いつかどこかで魂が体験して覚えていることもその中にはあるだろうと思っています。

 

 

 

 

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お天道さまが見ているから

 

私の両親は霊的なことに関心があり、それぞれに自分の納得出来るものを

学んでいた人たちでした。

私自身も現世を越えるものについて、肯定する感覚はあります。

そのおかげで肉体が無くなっても存在を身近に感じるのかなあ?と思う。

感じるものがあるから悲嘆にくれる必要もない、という…。

 

宗教ではないんだけど、そういう姿勢は陰徳を積む行動に繋がり、

生まれ変わりを信じる生き方になり、お互いを、自己を肯定し尊重する

生き方に結びついたのは事実だと思っています。

いま考えても不思議ですが。

特に陰徳を積む行為は私に影響していますね。

 

普通の人はあまり意識していないのかもしれませんが、「お天道さまが見てる」

感覚はすごく大切なものに思えます。

この意識があるといじめとかハラスメントとか小さくて馬鹿馬鹿しく

なってしまうから…。道徳なのか信仰なのか?

 

目には見えないものを大切にしないと社会も心もほころびが

大きくなると思います。天が見ている。

ただそれだけの意識を忘れずにいることだけなんですけどね (^_^;)

 

 

 

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幸せに死ねるコツがわかった気がする

 

母が亡くなりました。

メインブログの方に書いているので、そちらをお読みいただけると

ありがたいですが…。

 

haruusagi-kyo.hateblo.jp

 

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いまたぶん、おそらくオキシトシン多量に出てると思うけど、

しばらく反動の事は考えないことにしました。

おそらく両親は心の中でこれから最高の薬になってくれると思うので、

これから先はきっと幸せなことばかりと信じています (^_^)

 

この感じから行くと、人生をきちんと自分で選択して、

日々悔いのないように生きれば、臨終の時に脳が最期の贈り物として、

このオキシトシンの多幸感をプレゼントしてくれるんじゃないかと思う。

悔いのない達成感のある人生、ですね〜 (^_^;) 

 

 

 

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