ちょっとスピリチュアル…かもしれない

メインブログの中から、スピリチュアル色のある記事を抜き出しました。なにかの専門家ではありません。日常の中で感じることを淡々と綴っています。数秘術やオラクルカードにはちょっと興味があります。

 

たまたま辿り着いてくださった方に感謝を込めて…

 

このブログは実はどこからもリンクしていないんです。
私個人が本当にメモ的に書きたいと思ったことを書いて、書くだけで気が
済んでいるのですが、いつのまにか読みに来てくださる方が徐々に増えている?
…ということになってきました。みなさま、いつもどうもありがとうございます。

 

たまーに忘れたようにしか更新しないと思いますが、
気が向いたときに覗きにいらしてくださったら嬉しいです(^_^;)

 

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意外なご縁とチャーム

 

渥美ゆうきさんに作っていただきました。

 

時々綺麗な石を手元に置きたくなります。

 

でも私はクロスドミナンス。市販のものはほとんどがブレスレットで、割れたり千切れたりする可能性が大。だからほぼ諦めていたんですが、チャームでもいいんだ、と知りまして、これは是非ともお願いしたいと思いました(^_^;)

 

yucha168.hatenablog.com

 

ご依頼ごとに霊視されて、そこにいらした存在(神様とか精霊とかご先祖とか色々な方々)と一緒に石を選んで作成されています。霊視中のレポートもあるので、いつも興味深く読ませていただいております(^^)

 

やはり依頼者の方とご縁がある方が来られるようですが、あとでみなさん色々調べておられるようですね。やっぱり興味持っちゃうよね(^_^;) それでどこの神社とか神様だとか後で判明することも多々あるようです。


で、私のはこれです(^^)

 

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以外に可愛い色合い。私、もっと寒色系かな?と思ってました。

 


詳細はこちらにあります。

 

yucha168.hatenablog.com

 


なんとー!!白狐かと思いきや、白い狼さんだそうです。

 

三峯神社といえばヤマトタケルと非常に深い関係があるところ(創建だもんね)なので、神霊化した彼の眷属だと思ってもいいのかな?(^_^;) 民俗学的には伏見稲荷の狐も元は狼だったのではないか?という考察がなされているくらいで薄から、面白いつながりです。

 

水晶とピンクのゾイサイトというのは、私の中にいる少女たちがとても喜びそうな色合いです。

 

思えば私はいつも長女だし、しっかりしないと、とずっと思ってきたので、どこかに自由で無邪気で少女らしい少女がいるんですよね。それに呼応してる?なんとなくそういう気がします。

 

 


三峯神社の眷属さんは期限付きでお借りすることも出来るそうですが、まあ可能なら好きな時に遊びにきてもらえたら嬉しいです(^_^;)

 

ameblo.jp


創作ネタにしても構わないらしいので、落ち着いて時間ができたらよろしくお願いします。

 

ちょうどタイミングで明後日新居の鍵をもらえる予定なので、私自身の人生の転換期でもあるのだと思います。バケネコさんのタロットにもそう出てましたしね(^_^;)

 

新しい環境の変化を楽しみにしたいと思います(^^)

 

 

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ピンクと白とか透明はこの子らのイメージだなあ、と…(^_^;)

 

 

 

 

 

愛があって私はここに存在する

 

 

メインブログから。

 

10cm程度の小箱です。テープで封されていますが、中には両親の独身時代の恋文が入っています。私のルーツですね (^_^;)

 

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父の介護中に母が時々読んでいました。そうして介護という試練を乗りきったのだと思います。

 

母が「私が死んだら読んでもええよ」と言って亡くなって1年半近くになります。

 

どうしても死にたくなったら読もうとずっとそのまま封印してきました。母の棺に入れようかどうしようか?と悩んだこともありました。結局手元に残しましたが、私が死んだらさっきの骨片と一緒に、ついでに杏珠も一緒に持っていくのね (^_^;) 

 

辛いことは一杯あったけど、この箱の中身を思うだけでやはり乗り越えてこれました。読めない手紙にも力があるというか、それがやりとりされた結果として自分の存在を思うと生命は重いです。読む読まないというよりも「これがある」という事実がとても大事 (^_^)

 

眼には見えないけど、そこには確実に愛が存在するからです。それゆえに私は生まれ育って今ここに存在するわけです。自分が愛情の具現だと思うとすごいな(本当は世界中のすべての子供にそうあって欲しい)

 

両親の分まで大事に生きようと思います。これって強力な薬だよね (^_^;)

 

 

 

 

 

これはたまたま見つけた動画ですが、これって私のことだと感じてしまったのでご紹介。自分一人では悩むことも多いですが、私はいつもいろんな次元の存在に助けられているので…。ありがたいと思っています。

 

 


あなたはご先祖様に守られている!しっかりと加護を受けている人の8つの特徴・守護霊【きずなチャンネル】音声付き

 

 

たなぼたはないと思います。自分に出来る範囲の力を尽くすことは必要。

 

なんだか守護霊というよりも家族の誰か、というイメージが強いんですが… (^_^;)

 

相続登記の時などあまりにもスムーズにことが運ぶので驚きましたが、ああいうのもサポートじゃないかな。目の前で空車のタクシーが止まるとか (^_^;)

 

最近、メインブログの記事も結構似通って来ています (^_^;)

 

 

 

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こういうスタンスが私らしいと思います

 

あえてスピリチュアルと言いたくないけど、

メインブログの今日の内容はこっちにふさわしいかも。

 

そろそろ統合してもいいような気もします。

どちらにも偏らないバランスが私の目指すところなので。

普通の感覚の延長で書いています。

 

 

haruusagi-kyo.hateblo.jp

 

 

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我が家には神様がいらしたような気がする

 

本館ブログに思いきりスピリチュアルっぽい話を書いてしまいました。

とてもマイナーなお話ですが、よろしければ読んでやってください (^_^;)

 

haruusagi-kyo.hateblo.jp

 

 

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暗くない死についての話

 

 

メインブログからの再掲です。

 


私の誕生日は旧盆の8月16日です。祖母の話だと「大文字が消えてやっと生まれてきた」そうで。お盆に戻ってきた祖霊があの世に帰るのと逆行して「頑張れよ」と言われつつ「えー、やだなあ」と思いながら生まれて来たイメージが幼児期からずっとあります。

 

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実際、首に臍の緒が二重に巻いていて、すぐには泣かなかったみたいです。ああ、生まれてしまった、という感じかも (^_^;)

 

で、幼児期に何度も死にそうになっていたので「あの世とこの世は結構近い」という感覚が定着しました。だからこそ生と死は常にワンセットだと思っています。物質的な執着の薄さもそのへんから来てそう。

 

日本的な祖霊信仰じゃなくても宗教を越えた所にある感覚。生まれつき、気が付いたら知ってた感じです。

 

で、そういうのって両親も近いものがあったんですよね。死の話が日常会話な家庭。それもネガティブな暗い話題じゃないんだよね。死はタブーではない。普通に生活とか人生の一部という認識。…変わった家族だと思います。(ホントは当たり前だと思ってるけど)

 

終活などよりもずっと早い、我々が子供のころから、それはしばしば話題になりました。祖父の死は私が小学3年生の時でしたし。そのあたりから、日常の一部になった感じかも。

 

その延長で、いまでも肉体を持って生きるのにひどく疲れると死にたくなるんだな。

 

その反面で今生でやるべきことを全うしないとスムーズに移行出来ないこともわかってて。そういうことも基本的に子供の頃から知ってた気がします。変な子供だったよね(^_^;) 今でも変だけど。

 

普通の人が下手すると死の直前までそれについて考えられないのがすごく不思議。霊柩車だの葬儀場だのが死を連想させて嫌だというのも…。よくわからない。死なない人はいないのに。

 

たまたま健康的で美しく才能を持って生まれたとして、逆に生来の病や障害を持って生まれたのも紙一重な気がします。今生での修行のテーマが違うだけで。

 

だから健康ではないハンデがある人をわが事のように思っても当たり前だと思う。いつかは自分自身のテーマになるかもしれないし。だからそういう差別もわからない。そういう差別は愚かな事だと思います。

 

 

私は「身体がない世界」をいつも想定している気はします。するとおのずと平等や自由が見えてくる。

 

肉体がない世界では性別がないので、ジェンダーに関することもやっぱり肉体があるゆえの課題だろうな、と思います。これだけ身体と心の不一致に悩む人が多いんだし。多様性を認めない世界は不自由で仕方がないです (ーー;)

 

なんというか、身体がない想定をすると色んな不自由が消えていくので、わざわざ不自由な身体を持っているのってやっぱり課題だとしか思えませんね…(-_-;)

 

眠ると一時的に身体が存在する認識がなくなったりするので、やはり死の疑似体験のように思えます。母などもいろいろわかってたから、一人であっさりさっさと逝っちゃった感がありますし。あとせめて30分待ってて欲しかったとは思いますが、そういう執着もなかったみたい。

 

両親とも、亡くなる1年くらい前に斜め上あたり、天井に近いところを見つめて「怖い…」とつぶやいたことがありました。なにが見えていたのか、父は「兄ちゃん」と言ってましたので、若くして戦死した伯父のことだと思います。もう生きている人ではないことがわかっていたから怖いと感じたのかな?

 

入院時の譫妄とは明らかに違いました。譫妄の時は興奮状態のようでしたが、その時は静かでした。二人とも静かになにかを見て「こわい…」とぽつんと。

 

私は二人の側にいたけど、なにも見えないので、誰かお迎えに来ているのかな?と思いました。死の直前ではないことがちょっと意外でしたが。でもお迎えに来てくれるんだ、と思ったのは妙に安堵感がありました。だって道に迷わなくてすむしね (^_^;)

 

http://www.gujo-tv.ne.jp/~tyouzenji/mitoriomukae.htm

 

父も怖がっていたわりには最期まで私がそばについていたら安心出来たみたいだし、わりとさっぱり逝っちゃったなあ、とはやはり思います。二人とも安心した顔してたのよね。とても穏やかでいい顔でした (^_^)

 

本当に大切なことがみえて来る反面、この世への執着が薄れて行くところもあるけど(^_^;) もうちょっと創作に関しては執着していたいなあ…(^_^;)

 

自分が死ぬ時はだれが迎えに来てくれるのか、それはとても楽しみです (^_^)

 

 

 

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死を語ることはすなわち生を語ることである。

よき死を迎えるのはよき生を全うしたからである。