寝ようとしたら空腹でごそごそ起きだしました。ヨーグルトなど食べて、更新は明日にしようと思いつつメモしておきたいと思います。
いままで漠然と感じていたあれこれについて。
私はいまの人生の青写真を幼児期に決めていて、それの概要通りに生きてきた気がするんですけど…。生まれる前に青写真を決めてきたというのはそのとおりですか?「そのとおりです」
バケネコさんの守護霊さんはどの両親のもとに生まれるかは偶然みたいなものだと言われてますが、私の場合はあの両親のところにしか来たくなかったというか、強力にプッシュしたというかかなり強引に頼んだというか、どうもそういう気がして仕方がない、と言ったら。「普通の人よりもかなり意志が強いから(^^;)」と。
思わず想像したんですが、あそこでなければ生まれたくない、と拒否したのかもしれません(^^;) いや、母の証言によると陣痛微弱で24時間以上産室にいて、最後には先生が馬乗りになって母のお腹を押さないと駄目だったとか。生まれてもすぐに泣かないし。かなり生まれてくるのが嫌だったのでは?と想像出来ます(^^;)
それで青写真の中には「結婚はしません」というのが入ってて「職業にしたくないけど、生涯絵を描いていたい」というのもあって。
で、最大の課題がやっぱり「弱さの中の強さを知ること」ではないかと思うんですよね。それも持って生まれた課題ですね。
そういう認識があると、基本的に「自分が決めてきた」というのがあるので、生まれた状況というか宿命みたいなものは変わらないけど、それに対して前向きに受け止めるか、そうじゃないな、と嘆くのか、前向きでないと意味がないよね、という心境になるんですが。
自分が決めたのなら前向きにならないと、と(^^;)
ただ、生まれる親を選ぶというのはかなり不公平なもので、虐待や貧困の犠牲になる子の場合はまた違うと思うんですけど。まあ、うちだって経済的に豊かではないのですが、生まれた家がたまたま豊かだったとかいうのは違うよね、と思っています。自分が選んでいなことは責任ないと思いますし。
ただ私はなんとなく生まれながらにそういうことを察知していて「変わった子」のカテゴリでずっと自分らしく生きてきたんだと思います。「自分のことを自分で選べないのは不幸だ」と思っていたのは中学時代で、その基本はいまだに変わっていないので(^^;)
頑固なのは多分生まれる前からですね。なんか次第に確信に変わりました(^^;)